診断から治療まで、最先端「医療AI」の潜在力

 今、AI(人工知能)を医療に活用しようという動きが加速している。

今年6月に政府がまとめた成長戦略には、AIを活用した病気の早期発見・治療や高齢者への生活支援を目指すプロジェクトが盛り込まれた。8月1日には産業技術総合研究所(産総研)が開発した省電力クラウド基盤が稼働。いわばAIの橋渡しをするクラウド基盤で、AIを活用したい企業や研究者などが活用できるようになる。国の側面支援もあり、AI活用の基盤がそろいつつあるわけだ。

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■がんを解析し、最適な治療法の選択に活かす

医療分野でもっとも注目を集めているのはAIを使ったがん医療だろう。AIによるゲノム解析も、まずがんがターゲットだ。

理化学研究所(理研)の革新知能統合研究センターの山本陽一朗・病理情報学ユニットリーダーも、AIを使ったがん医療研究に携わる。日本医療開発機構(AMED)の助成を受けて、2016年から日本発の医療AIの開発を進める。がん組織・細胞の切片の写真(病理画像)、臨床情報や遺伝子などのデータを複数のAIに学習させ、それらを組み合わせて解析する 。目指すのはがんの悪性度を測り、患者ひとりひとりに最適な治療の選択を行うシステムだ。

 画像解析はAIとの親和性が高い。乳がんのリンパ節転移の検出については、病理医と同等のレベルで達成した研究もある。こうした病理画像解析でのAI活用は一般にも理解しやすい。

今の医療は乳がん、大腸がんといった臓器別にそれぞれ高い専門性がある。山本氏が目指すのはこの医療の伝統をベースとした医療AIだ。 AIで解析するデータは量も必要だがその質も重要。データに含まれていない情報については正しい学習ができない。

 がん細胞の病理診断では3マイクロメートルの薄さに切った細胞を染色して見るが、日本の技術は世界的にも高い評価を得ている。また、ゲノムデータだけでなく、タンパク質や代謝物質、がん細胞の周囲にいる細胞などについての高い解析技術とデータを持っている。 「こういった強みを生かせば、医療AIで日本の存在を十分にアピールできる」と山本氏は言う。

ただ、診断は医療行為なので医師にしかできない。AIが行うのは、あくまで医師の補助だ。大量の画像をチェックし異常をピックアップする、多方面にわたる医療データから精度高く治療効果を予測するなど、人の力では時間がかかりすぎる細かい作業、膨大な情報の効率的な処理を中心にサポートする。その結果、医師は診療に集中して、トータルで医療の質の向上につなげる。

■「匠の技」をAIで共有する

身近な病気の診断にAIを活用しようとする動きも活発だ。救急医の沖山翔氏が2017年11月に設立した医療AIベンチャー・アイリスは、AIによるインフルエンザ診断支援を目指している。

インフルエンザの初期診断は難しい。鼻の奥に綿棒を突っ込み痛い思いをして検査をしても、感染後24時間たっていなければ診断精度が低い 。24時間以後でも検査精度は60%。陰性でも実はインフルエンザだったというケースが40%もあるわけだ。

 風邪と自己診断して病院に行かない患者も含めると、年間2500万人といわれるインフルエンザ罹患者は実はもっと多い可能性がある。一方、発症から48時間以上立つとタミフルなどの治療薬も効果がない。

なんとかしたいと考える中で、沖山氏は2013年にある論文に出会う。インフルエンザに特有の咽頭の腫れ、インフルエンザ濾胞(ろほう)を見抜くことで、熟練医師が99%近い精度でインフルエンザを見分けることができるという報告だ。

 のどの診察ばかりを何十年も続けた、専門家の中の専門家だからこそできる「匠の技」。沖山氏は「この域に達するには30~40年かかるのではないか」という。こういった医師の視診、視覚情報のパターン認識はAIが得意とするところ。医師のかたわら、産総研人工知能研究センター研究員も務める沖山氏は「写真を適切に集めれば同じものを再現できる」と思い立った。

アイリスが行うこの研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトに採択され、2018年冬シーズンからデータ集めを開始する。良質のデータ数は多いほどいい。のどの画像データを集める先として、複数のクリニック・病院と共同研究を行う予定という。

 この研究で集まったデータをもとにインフルエンザ濾胞を画像で判定するAIを組み込んだ診断装置を開発する。装置といっても、内視鏡型のカメラを組み込んだ円筒形の撮影機器をスマートフォンのような処理装置に送るだけ。医療機器として承認を取り、全国のクリニックに置いて全国どこでもベテランの「匠の技」と同等のインフルエンザ診断を受けられるようにしたいという。2019年に承認申請、2020年には承認を得て実用化する方針だ。

 インフルエンザのような感染力の強い疾患の患者が知らずに外を出歩くことによる感染の拡大が防げるのは社会的にも大きなメリットだ。インフルエンザの次にも「匠の技の共有」をディープラーニングによって可能にしていく。とくに「一般医師が判断に悩むような病気がターゲットになる」(沖山氏)という。

■「医療の暗黙知」を取り込む

AIを治療に生かす動きもある。MICIN(マイシン、旧・情報医療)が取り組むがん内視鏡手術の動画解析だ。MICINはオンライン診療システム「curon」(2016年~)を提供するベンチャーだが、もうひとつ力を入れる事業がある。AIを使って医療データを解析・活用するソリューション事業だ。創業者で医師でもある原聖吾CEOは、「社会的な視点で何かをしたいと考えたときに、今はテクノロジーが身近にあり、適切な専門家が数人集まれば社会実装可能なものができる」と語る。

 今取り組んでいるのは消化器外科の内視鏡手術への応用だ。AIに上手な手術の動画を大量に学習させて、手術での再現を目指す。がんなどの重篤な疾患の手術には、癒着してしまった臓器からがん細胞をきれいにはく離しがん細胞を残さない方法、そのために邪魔な血管や臓器をうまく避ける方法など、細かなノウハウが膨大にある。

こういった“うまい手術”は傷や痛みが小さく合併症の発生も少なくなり、再発リスクも抑えられる。治療の質の差となって現れるのだ。意欲のある若手医師は競って上手なベテラン医師につき、手術を見て、実際に自分でもやってみて習得していく。特に日本の内視鏡手術は世界トップクラスとの評価が高い。

 だが、この方法には限界がある。優れた外科医に直接ついて学べる若手の数は限られ、その中に入れないと手技を見ることすらできない。「医療の暗黙知を形のある知識として蓄積し、広く使ってもらうことで医療の質の格差をなくしたい」と原氏は言う。

手術1件の所要時間は長いと7時間、画像データ量は数十万枚にのぼる。これをAIに学習させる。良いモデルをデータ処理し、手術中に次に何をするかを予測してナビゲーションする仕組みを作る。完成すれば、全国どこの病院でも高度なベテランの手技を生かした手術を受けられるようになり、患者がよい治療を求めて病院を渡り歩く「ドクターショッピング」をせずにすむ。

 データは単に数が集まればよいというわけではない。よいナビゲーションをさせるためには、質の高い手技をAIに覚えさせる必要がある。そのために国立がん研究センターや日本内視鏡外科学会と共同でデータ収集し、良いデータを選び抜くデータの前処理(クレンジング)とタグ付け(アノテーション)を進めている。がんセンターに蓄積されている数百件の手術を人の目でチェックする膨大な作業に取り組んでいるところだ。

難しさもあるが、「まずは開発するのは手術者のサポートをするナビゲーションであり、(クルマの)自動運転と同じ」(原氏)。この内視鏡手術に関する研究も、将来的にはAIを搭載した医療機器への活用なども視野に入れている。また、内視鏡手術以外にも、MRIやCT画像解析、周産期医療でもAIを活用すべく準備を進めている。

■包括的なルール作りを急げ

こういった医療AIが浸透すると、患者に合わない治療を行う必要がなくなり、医療の質の向上が見込める。また、それによって医療費のムダの抑制も図れる。

「データの蓄積やディープラーニングといったAIの向上によって、一部はすでに実用化レベルまで来ている。実用化されれば、社会に入り込むことで長期的に技術がなくなることはない」と、理研の山本氏は期待を寄せる。将来は病理標本の画像化によって診断の迅速化や遠隔診療の道も開ける。さらにAIと日本の高精度のロボット技術の融合ができれば、手術の格差が限りなく縮小していく可能性もある。

 ただし、そのためには法・制度の整備が必要だ。アイリスやMICINにしても、現時点で国内にAI医療機器・システムの前例がなく、承認のプロセスや、知財の定義や権利化などさまざまな未解決の問題がある。このため現時点ではひとつひとつ、当事者間のみならず、国、企業など関係者が議論を重ねながらの共同作業にならざるをえず、時間がかかっている。「包括的なルール作りが必要。そうしないと海外との競争に勝てない」(原氏)。

 今年4月に旗揚げしたばかりの日本メディカルAI学会は、こうした問題を解決するための場を提供する。医師とAI技術者だけでなく、クラウドやサイバーセキュリティなどIT全般の技術者や個人情報保護など法律家といった、ありとあらゆる人材が集まる。そこで課題を提起、議論し解決方法を提言していく。

安全性を無視した拙速な議論は避けなければならないが、米国や中国に比べて出遅れているといわれるAI開発の中で、ヘルスケア分野は残されたフロンティアだ。この分野で日本の存在感を示せるような制度設計は焦眉の急といえそうだ。

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