ブロッキングありき?海賊版サイト巡る議論に不満続出

海賊版サイトに対するアクセスを通信事業者(プロバイダー)が遮断する「ブロッキング」。その法制化の是非を巡り、政府の検討会が紛糾している。わずか3か月間の議論で中間とりまとめ案を出すというスケジュールが設定され、異例のスピードで検討が重ねられているが、賛成、反対に割れた意見はまとまる気配はない。こうした中、委員からは「ブロッキングありき」として事務局の議事進行に批判も出ている。

8月30日に開かれた検討会では、委員から事務局の議事進行に批判が相次いだ

「監視か、自由か」…叱責された総務省課長

 ブロッキング法制化の賛否で対立が続く内閣府の海賊版サイト対策検討会で、8月24日、総務省の課長が委員の1人から激しく叱責される場面があった。

政府からの説明要員として列席したその課長は、通常通り、委員の質問に応じてブロッキングの法解釈を回答した後、さらに「法律論だけでなく、本質についても議論してほしい」として、こう続けたのである。

「プロバイダーは、その気になればユーザーの大量のアクセスログを悪用することもできる。それでも、ユーザーがネットを安心して使えるのは、通信の秘密の規定がプロバイダーに対し、ユーザーの情報収集や表現の自由を守る役割を担わせているから。ブロッキングが導入されれば、プロバイダーの役割はユーザーを守る役割から、ユーザーの利用を監視する立場に変わる。議論の本質は、ネット社会のあり方として、ユーザー監視の方向に進むのか、あるいは自由なネット社会を目指すのか、どちらを選ぶのか、ということ」

これに「あぜんとした」と噛(か)み付いたのが、ブロッキング推進派の委員だった。「政府の一員でありながら、こんな次元の対立軸を立てるとは」というのが理由だ。さらには、事務局の内閣府幹部までもが「発言の適切性が若干気になる」と批判に加わったのである。

事務局に批判の趣旨をたずねてみた。事務局の回答は「総務省の課長の発言は議論を停滞させるものだったから」。だが、そうだろうか。長年、日本の表現の自由を支えてきた通信の秘密を見直すのであれば、それが社会にどのような影響をもたらすのか、正面から検討すべきなのは当然だろう。事務局の対応は、9月中旬に迫る中間とりまとめを急ぐあまり、本質的な議論を遠ざけようとするものではなかったか。

※インターネット上の海賊版対策に関する検討会
内閣府の知的財産戦略本部を事務局とする検討会。政府が今年4月、「漫画村」など海賊版サイト3サイトへのブロッキングを「適当」とする見解を出して混乱を招いたことから、6月22日、幅広いステークホルダーを集め、改めて検討会をスタートさせた。委員は学者や弁護士、権利者団体や電気通信事業者の団体、消費者団体の代表など20人。事務局は、9月中旬に中間とりまとめ案を出したいとしており、異例のスピードで議論を進めている。広告規制、正規版流通、教育など各種の対策が出そろったが、ブロッキングについては賛否が対立したままで、8月30日に事務局が出した「中間とりまとめ骨子案」では、ブロッキングは「調整中」と記されている。

「ブロッキングありき」にしないはずが…

 「ブロッキングありき」の事務局の意向が強すぎて、進行が歪(ゆが)められているのではないか――。「叱責事件」のあった会合に続く30日の検討会では、事務局の議事進行に委員から批判が相次いだ。

消費者団体の代表として参加する長田三紀委員は、「ブロッキング法制度整備に反対だと発言しているのに、事務局作成の論点整理の資料にきちんと反映されていない」と憤った。

ブロッキングを巡っては、これを求める出版社や権利団体の委員と、反対する消費者団体や通信事業者側の委員が激しく対立しており、6月から始まったこの検討会では冒頭、「ブロッキングありきの議論にはしない」ことが確認されている。だが、「ふたを開けてみれば、結局は『ブロッキングありき』で検討が進められている」と長田委員は焦りを募らせる。

※ブロッキングと通信の秘密
ブロッキングとは、通信事業者がユーザーの同意を得ずに特定のウェブサイトに対するアクセスを遮断する行為。遮断のためには全ての通信についてアクセス先をチェックする必要があるため、全ユーザーの通信の秘密を侵害する。憲法では、通信の内容や宛先を第三者に知られたり、悪用されたり、漏らされたりしない「通信の秘密」の権利を保障しており、電気通信事業法は事業者に対して通信の秘密を侵してはならないと定め、厳しい罰則を設けている。

米国は参考にならない?

 「事務局が検討会に報告する情報そのものが偏っている」と事務局運営に疑問を投げかけたのは弁護士の森亮二委員だ。

事務局はこれまで、海外の制度を参考にするため豪州、韓国、英国、ドイツの法制度に詳しい有識者を参考人として呼び、ヒアリングを実施したが、米国については実施していない。ヒアリングを実施した4か国はいずれもブロッキングを可能とする法制度を導入している国だ。

一方、米国では2011年、海賊版対策としてブロッキングなどを可能とする法案「オンライン海賊行為防止法案(SOPA=Stop Online Piracy Act)」が下院に提出されたものの、「表現の自由を侵害する」などの批判を受け、お蔵入りした経緯があった。知的財産と表現の自由という価値が対立する、まさに今回の日本での論争と同様の構図だったのである。

「なぜ事務局は、制度を導入した国の事例だけ紹介し、米国については検討しないのか」。しかも、事務局がこれまで取りまとめた「論点整理」には、米国についても著作権侵害対策について「概観した」と記されていた。「一度も詳細な検討をしていないのに、終わったことにされてしまった。公平性を欠くのではないか」と森委員は批判する。

これについては、「ブロッキング法制化もやむを得ない」とする立場をとる弁護士の福井健策委員からも、「自分もSOPAの事例を知りたい。議論には客観的なデータやファクトが大切」と発言があった。

裏付け不十分な「日本は遅れている論」

 森委員は、これまで事務局が提示してきたデータの信ぴょう性にも疑問を投げかけた。事務局は、検討会に対し「諸外国におけるサイトブロッキングの運用状況」として、「2017年9月現在、世界42か国で導入されている」とする資料を提出していた。ところが、このうち少なくとも15か国では調査時点でブロッキングの実績がなかった。しかも、ポーランドでは、権利者団体がブロッキングを可能とする国内法の整備を求める訴訟が継続していたとされ、この時点でまだ制度は導入されていなかった可能性が高い。

森委員はこの日、「本当に42か国で導入されたといえるのか、教えてもらいたい」と事務局に詰め寄った。だが、実は事務局も詳細は把握していなかったのである。事務局によると、この資料は、著作権専門の情報誌に掲載された権利者団体MPA(モーション・ピクチャー・アソシエーション)幹部らの投稿をもとに作成したという。

事務局は現在のところ、海外の運用状況を調べ直すつもりはないという。「海外で導入しているかどうかは、日本で導入すべきかどうかとは直接関係ない、とのご意見もある。海外の導入国が42か国であっても、それより少なかったとしても、あまり関係ない」とその理由を説明する。

しかし、森委員は「『42か国導入』は、事務局提出のデータとして広く引用され、これをもとに『日本は世界から立ち遅れている』と論じる人もいる。権利者団体の作成した資料を確認もせずに出し、ミスリードしようとする責任は重い」とみる。

被害額4000億円?

 事務局提出のデータを巡っては、海賊版3サイトによる被害額「4000億円」についても妥当かどうか議論になっている。政府が4月にブロッキングを「適当」とする見解を出した際、被害の深刻さを裏付けるデータとして引用したものだが、漫画市場が年4500億円程度で推移していることを考えれば非現実的な数字だ。

これは権利者団体「コンテンツ海外流通促進機構」が、漫画村のサイトへの推定アクセス件数に、正規の単行本や雑誌の平均単価をかけあわせて算出したものだった。ただ、文化庁によれば、著作権法で規定している損害額の推定は、侵害品の販売数に、正規品の販売価格から印刷代や諸経費などを引いた「利益」を掛け合わせる方法が一般的だという。実害とはかけ離れた数字であっても、検討会などに提示されれば、それが議論のベースになることは避けられない。

知的財産と精神的自由…公平な議論を

検討会を傍聴していて、森田朗氏の著書「会議の政治学」を思い出した。審議会の座長などを歴任した行政学者の森田氏が、自らの体験をもとに、審議会を巡る駆け引きやテクニックのあれこれを書き記したものだ。

中でも、審議会が事務局の意向を通すための「隠れ蓑(みの)」と化しているとの指摘が印象的だった。「隠れ蓑」が機能するためには、委員や事務局の「顔」を立て、空気を読む、一種の「作法」が重要だ。冒頭で紹介した総務省の課長の発言は、まさにこの「作法」を外れ、事務局の意向に逆らうものだったのだ。

しかし、ブロッキングを巡る議論は、インターネット時代において「知的財産の保護」と「精神的自由」という二つの対立する価値をどう調和させるかという重要な問題をはらんでおり、法律論や技術論を超えて、社会のあるべき姿から見つめ直す必要がある。

事務局の議事進行に「ブロッキングありき」との疑いがもたれれば、賛成派と反対派の対立はさらにこじれ、議論は停滞するだろう。

 

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