ネットに続く中傷…「忘れられる権利」不起訴の男性が訴え 逮捕記事が拡散 消去の法整備進まず

 2年前の夏、福岡県久留米市の窃盗未遂事件で容疑者として逮捕された男性から、特命取材班に訴えが届いた。「インターネット上で逮捕記事が拡散し、誹謗(ひぼう)中傷を受けている」。男性は不起訴となり、罪に問われなかった。職場の処分もなく、そもそも事件の関与を否定し続けている。情報を完全に消し去ることの難しいネット社会で、「忘れられる権利」はどこまで認められるべきなのか-。

⇒【グラフ】ネット上の名誉毀損やプライバシー侵害、増える相談件数

訴えているのは久留米市に住む高校教諭、長沢武夫さん(59)。「自分の体験を多くの人に知ってほしい」として、あえて実名の掲載を希望した。

当時の報道によると、事件は2016年8月、同市の民家で発生。何者かが倉庫に侵入して水着を盗もうとした。家族が倉庫から出てくる不審者を見つけて声を掛けたが、不審者はその場を立ち去ったという。事件発生から16日後、県警久留米署が建造物侵入、窃盗未遂の容疑で逮捕したのが長沢さんだった。

警察の取り調べにも一貫して否認

 「近くにいたのは間違いない。ただ、車を止め、スマートフォンのゲーム『ポケモンGO』をして、ポケモンを探していただけ。車外に出ておらず、民家のことは知らない」と長沢さん。警察の取り調べにも一貫して否認したという。

逮捕、釈放を経て約1カ月半。久留米区検察庁は「起訴するに足る証拠がなかった」として長沢さんを不起訴処分とした。勤務先の学校は配置転換となったものの、県教育委員会の処分はなかった。久留米署は「令状を取り、手続きに沿って逮捕した。捜査に一点の曇りもない」としている。

記事の削除要請も全てを消せず

 本紙を含め新聞やテレビが当時、一斉に事件を報道。一部は各社のサイトに掲載され、ネット掲示板「2ちゃんねる」やツイッターにも転載された。長沢さんは不起訴になって以降、各社に連絡し記事の削除を求めたが、管理者不明のまとめサイトにも広がり、全てを消せなかったという。

 特命取材班もネット検索してみた。確かに複数のサイトやツイッターで記事が閲覧できる状態で、「久留米市で水着泥棒」「教師のわいせつ行為後絶たず」などと記されている。長沢さんが掲示板の運営者宛てに書いた削除依頼の文面まで、なぜか拡散していた。

 長沢さんは言う。「記事を見た人に、水着を盗もうとした教員としてみられる。私は犯人じゃないのに、信頼を失ったままだ」

ネット上の名誉毀損やプライバシー侵害、10年度の4倍超の相談

 こうしたケースは増えている。総務省が相談業務を委託する「違法・有害情報相談センター」(東京)には17年度、ネット上の名誉毀損(きそん)やプライバシー侵害に関し、10年度の4倍を超える5598件の相談が寄せられた。長沢さんのように削除を求める人は多い。

近年は望まない個人情報を抹消する「忘れられる権利」が提唱されている。欧州連合(EU)は今年5月、加盟国間の法律に当たる「一般データ保護規則」を施行した。必要に応じ、ネット上の個人情報や閲覧履歴の消去を、EU内やその取引先の企業・団体に義務付ける内容だ。

一方、日本では有害情報の発信者の情報開示などを定める法律はあるが、消去の法整備は進んでいない。

ネットに詳しい関西学院大の鈴木謙介准教授(理論社会学)は「検索エンジンに個別に申請すれば、記事を削除するケースもあるが、業者によって対応は分かれ、日本には一括して削除できる仕組みはない。知る権利とのバランスもあり、社会でもっと議論を深めるべきだ」と指摘する。

そもそも、逮捕イコール犯人ではない。冤罪(えんざい)の救済活動に携わる立命館大の稲葉光行教授(情報学)は「刑事司法の原則について市民の理解が進めば、不起訴の人への中傷は減るのではないか。否認事件の報道のあり方について、マスコミも慎重に考える必要がある」と話す。

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