サイゼリヤ1号店、ヤクザのけんかで全焼 奇跡的に再開、イタリア料理始めたワケ

深夜営業していたので、お客さんには水商売やヤクザの関係者がいました。けんかはよくありましたが、ある日、ヤクザ同士の口論が激しくなり、ついには店のストーブを相手に投げてしまいました。ストーブが転がったはずみでカーテンに火がつき、店内に燃え広がったのです。

「みんな逃げろ」。先に従業員を入り口から避難させたあと、泊まり込みで働くための布団で消そうとしたが間に合わない。火の手が回っていない裏口から逃げ出しました。正面に向かうと、山本慈朗さんら従業員が泣き顔に。生きているか心配だったのでしょう。

「お客さんも来ないし、店をやめられるな」。全焼した店舗や八百屋を見て思いました。警察の事情聴取から解放された後、お金がなかったので東京・中野の自宅まで歩いて帰りました。ようやく着いた自宅で母親に胸の内を話しました。

■母に勇気づけられ、店を再開

慰めてくれると思いきや、「良かったね。せっかく火事になったんだからもう一回やりなさい」。予想だにしない一言に驚きました。店を畳もうと落ち込むほどつらいことなのに、良かったってどういうことだろうと。母は続けます。「苦労は成長のため。火事で店がなくなるのは最高じゃない」。確かにそう言われると、不思議と納得してしまいました。

ですが、さすがに火事の原因になった店舗の再開を大家の川上さんが認めてくれるだろうか。大家さんに出向いてダメ元でお願いすることにしました。すると、「もう一回やってみなよ」と即答が返ってきました。再建した建物の2階に同じ保証金と賃料で再び入ることができたのです。

私に期待してくれたのでしょう。その恩はサイゼリヤが軌道に乗った後も忘れませんでした。上場時にお礼に株を渡そうとしたのですが、「こんな紙切れもらってもしゃあない」と言われました。「ビル1軒建つかもしれませんよ」と言って、何とか受け取ってもらいました。ほかに何か欲しい物はないか聞いて時計を贈ったのでした。

■消去法で選んだイタリア料理

借金して厨房も整えられました。再開にあたり、どんな店ならお客さんが来てくれるかを練り直すことにしました。とんかつや和食は繁盛店と競合すると商店街から嫌がられる。フランス料理やスペイン料理も近くにある。みんながやらないのを探し、残ったのがイタリア料理でした。

ですが、ちゃんとしたイタリア料理は食べたことがありません。「本場の味を確かめるのが1番」。ちょうどお客さんにツアーコンダクターがいたので、ヨーロッパの視察旅行のアレンジを頼むことにしました。

フランスやドイツなどを回って最後に向かったのが、1番の目的のイタリア。旅が終わりに近づいた時にローマの1軒のお店を訪れました。「リストランテ・マリアーノ」というイタリア料理のお店でした。

■フルコースで気づいた魅力の数々

それまで時間がなかったのでアラカルトしか食べていなかったのですが、マリアーノでは料理のフルコースを頼んだところ、食前酒から前菜、主菜、デザートまで味の調和が保たれていてとてもおいしい。水もガス入りかを選べ、食文化が実に豊かです。「これがイタリア料理か」。心の中で叫びました。

オリーブ油をたっぷり使っているうえ、トマトなどの野菜や果物も豊富です。体に良いってことはお年寄りにも支持される。ヘルスフードだから毎日食べても嫌にはならない。逆にフランス料理は重いので毎日は行かないはずだ。

「マリアーノで食べたイタリア料理を日本に広めたい」。イタリア料理で再出発することを決めました。

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