拡散する風説2 急速なスマホ普及、真偽不明の情報が流布

 インドでは、スマートフォン(スマホ)の無料対話アプリ「ワッツアップ」などで広まったうわさをきっかけとする殺人事件が相次いでいる。地元メディアによると、昨年1月以降、少なくとも約70件の集団暴行事件が起き、30人以上が死亡した。大半の現場は農村で、「子供が誘拐された」などという根拠のないうわさをきっかけに、たまたま村を訪れた部外者が村人から犯人視され、殺害されたケースが多かった。

 「ワッツアップは、グループに登録された人しか情報を閲覧できない非常に閉鎖されたコミュニケーションツールだ。外部から『情報が間違っている』とか『信ぴょう性が薄い』などと指摘することはできず、グループ内でどんどん話が盛り上がって先鋭化する傾向にある」。インドの民放「ニューズ24」のプロデューサー、デベシュ・バシシュタ氏はそう語る。バシシュタ氏は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で流布された真偽不明の情報を独自に検証する番組を制作している。

 ◇「技術の進歩を人々が適切に扱えていない典型例だ」

 バシシュタ氏はこうしたうわさが拡散する要因の一つとして、スマホの急速な普及を挙げる。「インドではここ3~4年でスマホが急速に普及した。携帯電話会社は利用者を獲得するため、データを無制限に使える低額プランを作り、貧しい農村でもワッツアップの利用者が激増した」と指摘する。インドでは少なくとも3億人がスマホを使用し、2億人がワッツアップを利用しているとされる。中国のスマホメーカー「小米科技(シャオミ)」を筆頭に安価な中国製品がシェアの大半を占め、最も安い機種は2万円程度だ。分割払いも可能なため、農村の貧困層も購入できる。

 バシシュタ氏は「農村では教育や知識の不足から、あり得ないようなうわさを信じる人々が昔から少なくなかった。そこにスマホという瞬時に多数の人と情報を共有できるテクノロジーが急速に広がったため、こういう事態が起きている。発達した技術を適切に扱えば、非常に便利で有益だ。だが、それには扱う側に知識や倫理観が求められる。今インドで起きていることは、技術の進歩を人々が適切に扱えていない典型例だ」と解説する。

 さらに、ワッツアップの運営企業や政府による投稿の監視が不可欠だとし、「さもなければこれからも事件は増え続ける」と警告する。ただ、SNSへの投稿の監視には「表現の自由を制限する」との批判もつきまとう。バシシュタ氏は「難しい問題だが、現時点で監視以外の対策が有効だとは思えない」と話す。

 ワッツアップの運営会社は、より多くの人に偽情報の危険性を周知するため、数人の俳優を特注のトラックに乗せて全国の街頭をまわり、「どのように偽情報がワッツアップで出回るのか」や「偽情報を広めないようにするための方法」などを芝居でわかりやすく上演する対策を始めた。

 ◇宗教間の暴動につながりかねない偽情報の流布も 

 一方、「政治的な意図に基づいて流布される偽の情報も増えている」と語るのは、ジャミア・ミリア・イスラミア大の教授で社会学者のナベド・イクバル氏だ。イクバル氏によると、近年、ヒンズー教徒が神聖視する牛を「イスラム教徒が食べた」などとする偽の情報がSNS上で出回り、少数派のイスラム教徒が襲撃される事件が起きている。さらに、被差別カーストであるダリットへの差別を助長するような偽の情報がSNSで出回ることも珍しくないという。イクバル氏は「ヒンズー教の過激主義者らが、イスラム教徒やダリットとの対立をあおるためにSNSを利用して人々を扇動しようとする例も少なくない」と指摘する。

 さらに、「インドでは、与党のインド人民党(BJP)がヒンズー至上主義政党であるように、宗教と政治は切っても切り離せない。各政党の支持者らが政治的な思惑に基づいて、プロパガンダで宗教的な偽情報を流しているケースもある」とし、「貧困層への教育不足に加え、政治的な意図による偽情報がはびこる今のインドでは、偽情報をきっかけとする宗教間の大規模な暴動がいつ起こってもおかしくない」と危機感を募らせる。

 ◇流布される情報との関わり方は世界共通の課題

 歴史的に見ても、権力者は意図的に情報を広めることで、その支配を確立してきた。著名な反植民地主義の批評家エドワード・サイード(1935~2003年)は、西洋が東洋を支配するため、物語や風説などの「言説(ディスクール)」を用いて、「東洋は西洋に劣る」という認識を広めたと指摘する。この場合、「言説」は「政治的な意図を持って発信された情報」とも言い換えられる。

 SNSが発達した現代では、これまで以上の早さで、より多くの人に真偽不明の情報や「言説」が広まる。インドで起きている殺人や襲撃事件は、貧困層の教育不足やカーストなどインド固有の問題が背景にあるのは確かだ。だが、「社会が拡散する情報や『言説』とどう関わるべきか」という世界共通の課題が、極端な形で噴出した事例だとも言えるのではないだろうか。インドのような発展途上国では時として、世界が抱える課題がより先鋭化した形で表れる。私たちにとっても決してひとごとではないと感じる。

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